佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『頭にくる虫のはなし ヒトの脳を冒す寄生虫がいる』(医学博士・西村謙一:著/技報堂出版)

2022/06/27

『頭にくる虫のはなし ヒトの脳を冒す寄生虫がいる』(医学博士・西村謙一:著/技報堂出版)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

人体寄生虫としては、皮膚、消化器、肺等の部位に寄生するものは比較的よく知られているが、脳、脊髄など中枢神経に寄生し、時には致死的障害を起こす寄生虫の存在はあまり知られていない。本書では、これら「頭にくる虫」の種類、発見の経緯、発育史、感染経路などについて、実例別に平易に記述。【内容】人体寄生虫とは/アフリカ睡眠病とシャーガス病/脳にもくる赤痢アメーバ/脳肺吸虫症の発見/トキソプラズマ症/中枢神経で発育する広東住血線虫/中枢神経顎口虫症 等30話

 

 

 別に寄生虫に特段の興味があったわけではない。また本書は医学博士・西村謙一氏が真剣にお書きになった学術書で、決してふざけたものではない。つまり私が読むような本では無いのだ。ではなぜそんな本を読むことになったのか。椎名誠氏のせいである。先日読んだ椎名氏のエッセイにこの本のことが出てきて興味を持ってしまったのだ。といっても学術的な興味では無い。椎名氏のエッセイに書かれていたこと、それは例えば「ナイル川周辺に暮らす少女の腕に水疱が出来た。少女が選択をしていると水に浸かった水疱が破裂して、そこから白い雲のようなものが湧き出してきた。その後、白い糸のようなものが傷口からくねりだしてきた。少女は不気味にうごめいている糸を気味悪くただ見つめることしかできなかったが、近くにいる老婆がその糸を慎重につまんでひっぱりだし近くに落ちていた小枝に巻き付けながら少女に言った。毎日この虫を1インチずつ引っ張り出してこの枝に巻き付けなさい。ムリをして引っ張ってちぎれたら酷いことになるから注意しなさい、と。少女がその虫を抜ききるまでに何週間もかかった。その白い糸のようなものは寄生虫で、最初に水疱がやぶれて出てきたのは何十万個もにものぼるその虫の幼虫であったのだ」といった話であり、あるいは「ある日、全身の皮膚にエンドウ豆ぐらいのできものが出来た女性が入院した。できものを切開すると大量の膿とともに白い虫のようなものが出て来た。またそうした寄生虫の中には脳に侵入するやつもいる」といった話であった。それこそ一度聴いてしまったら、脳に住みつき二度と忘れられないようなおぞましさなのだ。そんな話、聴きたくない、読みたくないと思いながらも図書館にあった本書を借り、もう一冊『寄生虫のはなし』(ユージン・H・カプラン:著/青土社)はamazonで買ってしまった。「怖いもの見たさ」というやつである。考えてみれば、私は少年の頃、動物図鑑の中にあったヘビやらカエルの気持ち悪い写真をときどき見返さずにはいられない子であった。何度見ても気味悪く、二度と見たくないと思っていたのに、ひと月ほど経つとどうしても気になってまた見てしまい、その都度見なければ良かったと後悔したものである。特に「ピパピパ」というかわいい(?)名のカエルの写真とその生態はけっして忘れられない。そのカエルの背中にはたくさんの穴があって、その穴のひとつひとつには卵が入っていて、その卵がふ化すると・・・・、あぁ、思い出す度に吐き気がする。今夜は怖い夢にうなされそうだ。もしこのブログを読んで気になる方があれば、ぜひインターネットをググってみていただきたい。ただし、その結果に私は責任を持てない。覚悟を持って写真その他を見ていただきたい。
 話が変な方向に行ってしまった。本書『頭にくる虫のはなし』に話をもどそう。本書はれっきとした医学博士によって書かれた学術書であって、決して面白半分のものではない。著者・西村謙一氏はこの本の中で「23 広東住血線虫を追って」に次のように語っていらっしゃる。

「もし、経済的に生活を保障され、完全に自由な時間をもつことができれば、どのようにしてすごそうか」と、誰もがこんなことを考えることがあるでしょう。私なら、ネズミとりパチンコをたくさん入れたリュックサックを担いで、日本全国、いや世界中を、ネズミをとりながら旅をしたいと思います。ネズミをとって、広東住血線虫に出会う感激を味わいたいと思います。このようなことを考えるだけで、私の血潮はたぎります。

 本気の方です。まさに生涯をかけて全身全霊で寄生虫を追い求め、研究していらっしゃる方のようです。私のように「自転車を携えて日本全国、いや世界中を旅したいと思います。地元の人が通う居酒屋でその地ならではの肴と酒に出会う感激を味わいたいと思います。そう考えるだけで、私の血潮はたぎります」などと言っている輩とは出来が違います。そのような方が書いていらっしゃるからには、本書に書かれたことはほぼ事実に即していると考えて良さそうです。「生きている人間の全身が虫だらけになって死亡するなんてことが本当にあるのか」、「どこかから人の体内に侵入した寄生虫が脳や眼球に寄生することなど果たしてあるのか」と半信半疑で読んだのだが、どうやら本当のことらしい。

 人体寄生虫は皮膚、皮下、消化管や肝臓などの腹の中の臓器、肺臓などの胸の中の臓器、眼球、脳、脊髄など様々の部位に寄生するという。どこに寄生されるのも真っ平御免だが、中でも眼球、脳、脊髄に寄生されたらいったいどうなるのだと恐ろしい。本書によると中枢神経を障害する人体寄生虫だけでも四十数種もあるという。寄生虫の宿主を生食しないこと、流行地で生水を飲まないことが大切だとのこと。ヘビやカエルを食べたいとは思わないが、沢ガニやモクズガニなども感染源になるとのこと。滅多に食べることはないだろうが、もし食べるとしても十分に火を通したものしか食べないこととしよう。豚、猪はもちろん十分火がとおっているのを確認して食べたい。危険はないのかもしれないが、本書を読んだ今、他の肉類についても生で食べようという気は失せた。とてもそんな気にならない。あな恐ろしや。

 さあ、次は『寄生虫のはなし わたしたちの近くにいる驚異の生き物たち』(ユージン・H・カプラン:著/青土社)を読もう。だが、すぐに読むのはよそう。刺激が強すぎる。良質のミステリかSF、あるいは時代小説を読んで、頭の中をある程度健全にしてからでないとおぞましい話にとても対峙できるものではない。

 

 

 

 

 


 

『鴨川食堂 しあわせ』(柏井壽:著/小学館おいしい小説文庫)

2022/06/24

『鴨川食堂 しあわせ』(柏井壽:著/小学館おいしい小説文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

「もう一度食べたい」を叶えてくれる食堂が、京都にはあるらしい―。料理雑誌の一行広告に導かれ、迷い人が訪れるのは、鴨川流・こいし親娘が営む食堂だった。失踪した父にどうしても伝えたいことがある「焼鳥」、亡き妻に秘めた想いの「駅弁」、夫の浮気が頭から離れない「イタリアン」、情よりお金を選んだ「巻き寿司」、恋人の心残りである「フィッシュアンドチップス」、弟との最後の食事になった「すき焼き」…。温かく心の籠もったおもてなしで、依頼人の悩みに寄り添います!さらにボリュームアップして帰ってきた、美味しいミステリー最新作、第九弾!

 

 

 

 このシリーズも本作で第9弾。初めて読んだのは2015年1月12日のこと。もう7年も前のことになるのか。依頼、このシリーズはすべて読んで来た。

 今作も思い出の味をさがすエピソードが六編。人それぞれに人生があり、その記憶を象徴するような味がある。それはほろ苦かったり、甘酸っぱかったり様々だが、その人の記憶にくさびのようにささって忘れられないものばかり。あくまでプライベートなものであるが、それだけに何ものにも代えがたいものだろう。その意味ではプライスレス。各エピソードに必ず依頼人が調査料としていくら支払えば良いかを尋ねる場面があるが、「料金は決めていない。気持ちに見合った金額を振り込んで欲しい」と答える。下世話な話だが、いったいいくらぐらい振り込まれるのだろうと気になったりもする。

 思い出の味をさがすことは、過去を掘り返すことでもある。そしてその過去は必ずしも幸せなものではない。たとえ今は成功者であっても、過去には痛烈な失敗や筆舌に尽くしがたい苦労があったろう。やり直しが出来ないだけに悔いていることも多いだろう。もう一度、思い出の食べものを味わうことで依頼人が過去にどのような決着をつけたか。読者はそれを想像することで、登場人物の人生を味わうことになる。

 今作六編の中で、私の好みは「巻き寿司」のエピソード。子を思う親の心には勝てない。既に二親とも亡くしている私にはこうしたエピソードがグサリと刺さる。自分一人で生きてきたなどと思い上がっていなかったろうか。謙虚さを忘れてはいけない。そう思った。

 

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『虚けの舞』(伊藤潤:著/幻冬舎時代小説文庫)

2022/06/20

『虚けの舞』(伊藤潤:著/幻冬舎時代小説文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

天下人となった豊臣秀吉によって、すべてを奪われた織田信長の次男・信雄、関東の覇者を誇る家門を滅ぼされた北条氏規。二人は秀吉に臣従し、やがて朝鮮出兵の前線である肥前名護屋に赴く。その胸中に去来する思いとは何だったのか?屈辱を押し殺し苛烈な時代を生き抜こうとした落魄者の流転の日々を哀歓鮮やかに描ききる感動の歴史小説

 

 

 歴史小説、それも戦国ものとなれば主人公はヒーローとして描かれるのが常道。この場合、ヒーローは必ずしも勝者ではない。判官贔屓とよく言われる我々日本人の精神性ゆえか、歴史上敗れ去った者もまたヒーローとなる。たとえ敗者であっても賞賛に値する行為を行った者であれば小説の主人公たり得るのだ。要するに小説の主人公はすごい男(あるいは女)なのだ。と、思っていた。ところがどうだ。本書の主人公は織田信雄北条氏規織田信雄がかの織田信長の子だということは知っている。しかしすごい男だったのだろうか? 北条氏規に至っては北条盛時(早雲)を初代とし、氏綱、氏康、等々代々数ある「北条 氏X」の中の誰だっけ、と系図をあたらなければわからない人物である。この二人、信雄も氏規も落魄の身である。特に信雄はそのダメダメぶりが目立つ。

 この二人に我々が好みカッコイイと思う”滅びの美学”はない。”滅びの美学”とは何か。少々乱暴かもしれないが私はそれを「たとえ死が訪れようとも最後まで己の信念を貫き、一歩も引かぬ覚悟と矜持」と表現したい。この物語にはそれが無いのだ。あるのは絶対権力者の秀吉にひれ伏し、妥協し、生き残りを図る姿である。読みながら何度「みっともなく生きるくらいなら、誇りある死を」と思ったことか。おそらく信雄も氏規も秀吉から理不尽で屈辱的な扱いを受ける度、何度もそう思い迷ったに違いない。しかし彼らは生き延びる道を選んだ。織田の血を、北条の血を残す道を。

 伊藤潤氏はそんな二人を主人公に物語を書くことで、ただヒロイズムで読者を酔わせる列伝ではなく、人間の心情、心の襞を描くことに成功している。小説として成功したと言えるのではないか。こんな風な戦国ものがあったのか。まさに目から鱗であった。

 

 

『ガス燈酒場によろしく』(椎名誠:著/文春文庫)

2022/06/17

『ガス燈酒場によろしく』(椎名誠:著/文春文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

連載千回を突破!六十代も後半になったシーナだが、人生まだ何があるか分からない。ファッションモデルデビューを果たし、無縁と思われた痛風の恐怖に怯え、沖縄でマグロを釣る…そんな日々にやってきた大震災。計画停電の夜、暗い街で思う。日本の夜は明るすぎた。ガス燈くらいの「光」で満足なのだ。
目次異次元へのほっつき歩き『脳単』を知っているかでっかい焚き火をしたいなあさまよえる家発作的モデル体験記かみつ木の愛マグロを釣った泣き叫ぶ地球春は海苔サン高野山で考えたこと〔ほか〕

 

 

 赤マントシリーズもこれで23巻目。次の第24巻『さらば新宿赤マント』が最終刊。本のタイトルと読んだ日のリストは下のとおりだ。いつ頃から読み始めたものかよく覚えていないが、思えばずいぶんたくさん読んできたものだ。

 1. ひるめしのもんだい [既読]????/??/??
 2. おろかな日々  [既読]????/??/??
 3. モンパの木の下で  [既読]????/??/??
 4. 南国かつおまぐろ旅  [既読]2020/05/10 
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2020/05/12/180417
 5. ネコの亡命  [既読]????/??/??
 6. 時にはうどんのように  [既読]????/??/??
 7. カープ島サカナ作戦  [既読]2014/04/27
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2014/04/27/000730
 8. ギョーザのような月がでた  [既読]????/??/??
 9. 突撃 三角ベース団  [既読]????/??/??
 10.とんがらしの誘惑  [既読]2008/02/20
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/20080220/1203520233
 11.くじらの朝がえり  [既読]2020/03/25
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2020/03/25/000000
 12.焚火オペラの夜だった  [既読]2020/11/17
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2020/11/24/000000
 13.ハリセンボンの逆襲  [既読]2020/11/24
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2020/11/24/000000
 14.ぶっかけめしの午後  [既読]2020/11/19
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2020/11/24/000000
 15.地球の裏のマヨネーズ  [既読] 2021/05/24
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2021/05/27/114118
 16.ただのナマズと思うなよ  [既読]2007/06/24
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/20070624
 17.どうせ今夜も波の上  【既読】2021/06/01
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2021/06/01/084837
 18.ワニのあくびだなめんなよ  [既読]2014/11/15
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2014/11/15/064002
 19.トンカチからの伝言  【既読】2021/06/09
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2021/06/09/090723
 20.ももんがあからっ風作戦  【既読】2022/05/21
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2022/05/21/123817
 21.アザラシのひげじまん  [既読]2013/06/08
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2013/06/08/115201
 22.ごっくん青空ビール雲  [既読]2015/08/22
   https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2015/08/22/160407
 23.ガス燈酒場によろしく  【既読】2022/06/17

 24.さらば新宿赤マント  【未読】(>_<)

 シーナ氏はいつものごとく大手チェーン飲食店に多い変な言葉づかいに怒っている。「お客さま。こちらトカゲの姿煮とクモのからみ揚げのほうになります。この二つでよろしかったでしょうか」といったアレである。私もこうしたヘンテコ言葉にげんなりしている一人である。しかし、こうしたヘンテコ言葉は若い店員にすっかりはびこってしまい、どこの店に入っても聞かされる羽目になっている。今やまともな言葉を聞きたければ、高級料理店に行くしかないのか。まことに困ったことだ。いったい「××××のほう」「××××になります」「××××でよろしかったでしょうか」などという変な接客言葉はどこから発生し、誰が広めたのだ。責任者出てこい!! などといっても、今やもう手遅れである。小うるさいジジイの遠吠えでしかない。

「千の無駄話」と題された編に赤マントシリーズ9百数十編の内容分析がある。一番多いのは「酒と食い物」に関するもので全体の52%を占めるのだとか。続いて外国旅の話が20%、本の話が17%、新宿で飲んだ食べた何をしたが7%、焚火(キャンプ)が7%だという。そうしてみるとまさに私好みの話題が圧倒的なシェアをもつ。私がシーナ氏のエッセイを読み続ける由縁である。困るのが7%を占める本の話である。シーナ氏と好みが似かよっているだけに、本の紹介があれば私も読みたくなってしまう。いきおいAmazonで検索してポチッとやってしまう。ただでさえ積み上がっている未読本がさらに増えてしまうのだ。今巻で読みたいと思った本は次のとおり。

  • 『オルタード・カーボン』(リチャード・モーガン:著/ 田口 俊樹 :訳/アスペクト) ★
  • 『ウォークン・フュアリーズ』(リチャード・モーガン:著/ 田口 俊樹 :訳/アスペクト) ★
  • ザ・ロード』(コーマック・マッカーシー :著/ 黒原敏行:訳/ハヤカワepi文庫) ★
  • 寄生虫のはなし わたしたちの近くにいる驚異の生き物たち』(ユージーン・H・カプラン :著/ 篠儀直子:訳/) ★
  • 『頭にくる虫のはなし』(西村謙一:著 /技報堂出版) ♠

 ★印は発注できたが、♠印は在庫取扱いがない様子なので図書館本を予約した。あぁ、また積読本が増えてしまった。本も読みたいが、自転車旅にも出たい、居酒屋にも行きたい。人生は短い。やりたいことが多すぎる。

 やりたいことと言えば、青森のラーメン店『田むら』にはぜひ行きたい。いや、必ず行かねばならない。「鬼煮干しラーメン」なるものを絶対に食べてやるのだ。しかしいつになることやら。

 

 

 

 

 

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『少女は鳥籠で眠らない』(織守きょうや:著/講談社文庫)

2022/05/31

『少女は鳥籠で眠らない』(織守きょうや:著/講談社文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

15歳の少女に淫行をしたとして21歳の家庭教師が逮捕された。 家庭教師は示談条件である接近禁止を拒否し、起訴は免れない状況に。困惑する新米弁護士の前に現れた被害者少女は、弁護士を振り回し予想も出来ない行動に出る。法と対峙して生き抜く者たちを、 現役弁護士が感動的に描く連作リーガル・ミステリ!

目次
黒野葉月は鳥籠で眠らない
石田克志は暁に怯えない
三橋春人は花束を捨てない
田切惣太は永遠を誓わない

 

 

 初めて読む作家さん。名前も知らなかった。しかしリーガル・ミステリで人気急上昇中とあらばまずは読んでみなければなるまいと購入。買って良かった。

 弁護士2年生の木村龍一を主人公にした連作ミステリであるが、リーガル・ミステリによくあるように法廷での場面はない。作者織守氏自身、現役の弁護士さんだけあって、法律の抜け穴というか素人が「へぇ~そうなんだ」と思うような意外な事柄が生かされている。

 4編の短編によって構成されているのだが、やはり表題に使われた「黒野葉月は鳥籠で眠らない」がイイ。(以下、ネタバレ注意) 弁護の対象は家庭教師先の15歳の少女に「淫行」したとして逮捕・拘留された、21歳の大学生・皆瀬理人。娘に金輪際近づかないと約束すれば示談にするという被害者の両親の意向を伝えたが青年は首を縦に振らなかった。そして淫行の被害者とされる少女の「私の、片想いだった」との言葉。それでも児童福祉法違反は成立してしまう。つまり前科がついてしまうのだ。それにしても黒野葉月という少女のキャラクターの強烈だったことよ。想いを遂げるために行動を全くためらわない。そこにいっさいの迷いも恥じらいといったじゃまなものがないのだ。「一途」、そう、この少女の心は純粋に一途である。強烈すぎて最初は引いてしまうほどだったが、少女の人となりがだんだん明らかになるにつれ思い入れが出てきたから不思議である。ついには私も少女の片想いを応援してしまった。そしてこの物語の肝。皆瀬理人の気立てが物語の最後に明らかになる。これがキュンキュンしてしまうんだなぁ。まことにあっぱれ。

 新米弁護士・木村の目で事実が明らかになっていくにつれ、この事件の印象がだんだん変わってきて、終いには本質的に違うものになってしまうという筆致の見事さ。リーガル・ミステリを読んでいた読者が、いつのまにかラブストーリーを読んでいたのだという転回に、「あぁ、やられた」と思ったのは私だけではないだろう。

 他の三編、石田克志、三橋春人、小田切惣太、それぞれ皆、自分の強い意志と目的を持つ。その目的を遂げる方法に必ずしも同意できないところがある。しかし動機には全く共感できる。読後感は爽やか。続編を待つ。

 

『ももんがあ からっ風作戦』(椎名誠:著/文春文庫)

2022/05/21

『ももんがあ からっ風作戦』(椎名誠:著/文春文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

シーナが入った最悪の温泉は?世界で見たもっとも衝撃的なトイレは?全国の麺類徹底比較からイカの性交まで、20冊目になっても、役には立たないけど陽気で楽しい赤マント節!便利というより不自由になっていくブンメイへの警鐘も鳴らします。

 

 

 

 

 シーナさんの推す「日本三大国民食」はカツ丼、ラーメン、ライスカレー。文句はない。そのとおりだと思う。しかし私は敢えてラーメンと蕎麦を入れ替えたい。ラーメン屋で酒は飲めない。蕎麦屋で飲む酒のうまさと言ったら、これはもう冠に「日本」がつく以上、ぜひとも入れ替えてもらわねばならない。ではライスカレーで酒が飲めるのか、と言われたら絶句するしかないけれど。

 どうでもいいことだが新潮社の杉原氏の死生観「人は死んだら死ぬのだ」に激しく感動した。もうひとつどうでもいいことだが「幽霊はどうして服を着ているのか。服にも霊があるのか」というイチャモンが気になる。『幽霊を捕まえようとした科学者たち 』(デボラ ブラム :著)/ 鈴木 恵 :翻訳/文藝春秋社)を注文した。

『タコはいかにしてタコになったか』(奥井一満:著/光文社カッパ・サイエンス)も注文した。どうもシーナさんの本を読むと読みたい本が増えてしまってこまる。

 シーナさんご指摘の「日本の子どもたちは、たぶん世界で一番サバイバル能力のない子どもたちだろう」という指摘に激しく同意する。モンゴルの遊牧民の子どもは三歳ぐらいから燃料の家の手伝い(牛の糞を拾う)をする。五歳ぐらいから馬を乗りこなし全力疾走もする。北極圏のイヌイットの羞悪年は十四歳ぐらいでツンドラを走りカリブーを撃っている。アフリカのマサイ族の十歳の少女は牛の糞と泥で自分の家を作ることが出来る。日本のNPOが途上国に行ってかわいそうだから子どもを働かせるなと抗議しただと? 「ふざけるな! お前らのお花畑のような頭で世界を語るんじゃない。ウクライナを、アフガンを、パレスチナをちゃんと眼を開いて視よ。恥ずかしいから、だまっておれっ!」と私も昂奮してしまった。

「母性本能」をくすぐってどうする。「自分探し」ってなんなんだ。シーナさんのイチャモンに何度も膝を打った。

 締めくくりは「神津島」であった。伊豆七島神津島に行った話は過去何度か読んだ気がするのだがやはりイイ。釣り立てのムロアジをヅケにしたヅケ丼や海苔巻き、食べてみたいなぁ。やはりシーナさんには島と焚火と酒が似合う。

 沢野ひとし氏の「解説」がおもわず良かった。まだ若く勤め人だった頃、高田馬場にある小さな飲み屋で飲んでいたエピソード。特にバーバリーコートの話がイイ。友だちってのはこういうもんだと思う。

『もう一杯、飲む?』(角田光代ほか:著/新潮文庫)

2022/05/04

『もう一杯、飲む?』(角田光代ほか:著/新潮文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

ときに酒は、記憶を呼び覚ます装置になる。わたしを魅了するあの人は昼間から水玉のお猪口を手にしていた。僕はビールの苦さに重ねて父の呟きを反芻する。恋の行方を探りながらそっと熱爛を飲んだ日、ただ楽しくて倒れるほど飲んだ夜、まだ酒を知らなかった若さを、今は懐かしく思う。もう会えない誰かと、あの日あの場所で。九人の作家が小説・エッセイに紡いだ「お酒のある風景」に乾杯!

【目次】

「冬の水族館」(角田光代

「その指で」(島本理生

「これがいいんだ」(燃え殻)

シネマスコープ」(朝倉かすみ

「陸海空旅する酔っぱらい」(ラズウェル細木

カナリアたちの反省会」(越谷オサム

「奇酒は貴州に在り」(小泉武夫

「エリックの真鍮の鐘」(岸本佐知子

「振り仰ぐ観音図」(北村薫

 

 

 作家、エッセイスト、漫画家、博士たち9人による酒をテーマにしたアンソロジー

「冬の水族館」(角田光代)、「その指で」(島本理生)は大人の男と女を描く。短編ながら味わい深い。私には10回生まれ変わってもこういうシチュエーションはなさそうだ。つまり私の感性からはほど遠い。

 朝倉かすみさんは先日『平場の月』を読んだばかり。他の作品も読みたいと思っていたが、収録作「シネマスコープ」を読んで少し引いた。ハッキリとしないところが多い作品で、それだけにどう読むかは読者の想像力に任されている。読み方によってはおそろしくおぞましい作品だ。私がおぞましいと感じた部分はつまり私が想像したこと。ということは私の頭の中はおぞましい。これはこまった。あまり深く考えずに流そう。

カナリアたちの反省会」(越谷オサム)はおもしろい。

 やはり良かったのは「振り仰ぐ観音図」(北村薫)。出版社の編集者と恩師の教授の会話の妙に感心。私もこんな編集者と河豚を肴に飲みたいぞ。